メイの華

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クラシックが衰退している原因を考えてみた。

クラシック音楽を聴いている人が少なくなってきているということを依然あるニュースサイトに書かれていました。

幼い頃からクラシックを聴く環境で育っていたり、クラシックを演奏したりする人たちは問題なく聴いていると感じるのですが、クラシックと縁のない人々にとってはますます縁遠い世界になっているのも事実です。

クラシックは、物凄く世界が広く音楽的にも幅広いジャンルに影響を与えた音楽であることは事実です。
しかし今では聴く人が少なくなった大きな原因は音楽の多様化だといえます。

音楽の多様化がクラシック音楽から離れてしまった理由である。

中世ヨーロッパ時代の息づく音楽であり、優雅で品格のある世界観を感じられますが、一般的にクラシックという音楽は学校教育での理論先行の教育が大きいと感じられます。

理論的で堅苦しく感じてしまいクラシックに対して敬遠してしまうきっかけがこの頃だといえます。

クラシックという音楽のジャンルは一般的にも退屈で上流階級の音楽という感じを抱かせてしまうのが、実はクラシックを聴かない理由の一つになっています。

コンサートにしてもドレスコードはないにしても、フォーマルな雰囲気の服装を着なければならないイメージが大きいと感じることができます。

クラシック音楽が衰退してきたのは、家庭の中でクラシックを鑑賞する時が大幅に減ってしまったことが大きな原因といえるのは、やはり親世代が「クラシックなんて退屈」とのレッテルを貼ってしまっているせいだと感じています。

一般の人にクラシックの魅力を伝えるのは「メディアの力」

一般の人にクラシックの素晴らしさを感じるのはメディアの力にあると感じます。
過去にクラシックの名曲をCGを駆使をして、しかも現代風にアレンジとポップスと同じくらいの2~3分にコンパクトにまとめていた番組がありました。

この番組を見ていて感じたことはやはりクラシックの素晴らしさを感じさせるためにはこのような番組などがあればいいと自分でも感じています。

クラシック離れの大きな原因は、家庭でクラシックを聴かないこと。

やはり時間的に極端に長いし、意味が分からないということで聴く環境が整っていないこともあることと、もう一つは学校教育にしてもクラシック鑑賞の時間が少なくなってきているのが大きな問題になっていると言えます。

中野の名曲喫茶「クラシック」とウィーンのホリイゲの共通点。

「名曲喫茶」耳にしたことはあるでしょうか?
今はほとんど見かけなくなったので若い人は知らないかもしれませんね。

わたしが大学生のときによく通っていたのが中野の「クラシック」です(2005年閉店)。

外見からしてあばら屋で、良く持ちこたえているなという感じの木造の建物であった。

「クラシック」店内の様子

中に入ると店の老マスターがにっこりと出迎えてくれる。

入り口付近にある黒板に自分のリクエストをしたい曲を書いて、薄暗い店内を見渡して恐る恐る一歩ずつ踏みしめていく。
そうでもしないと、床が落っこちそうなのである。

やっと席に着くとワンカップ大関の空き瓶に水を入れたものをウェイトレスが運んでくる。

店内を見わたると、読書にふけっている人、友人と語らう人、等、様々な人間が座っている。

その中で、リクエストした曲がかかるのを待つのだ。
今となってはその店もない。
青春時代の1ページで、なかなか面白い体験であった。

ウィーンのホイリゲ(居酒屋)

社会人になってから、ウィーンに何度も行き、ホイリゲ(居酒屋)にも良く足を運んだが、こういうところには、例えばヴァイオリン、ギター、アコーディオンのトリオでやっているような流しが来て、リクエストした曲やウィーン物を演奏したりしてくれる。

日本人と知ると「上を向いて歩こう」を黙ってくれても演奏していたりするのが多かったが、私の場合はジィーツィンスキーの「ウィーン、わが夢の街」などを演奏してもらった思い出がある。

店は街の中にある昔ワイン樽を寝かせるのに使っていたいわゆる洞穴であったが、お客さんのおしゃべりがよく響き、陽気で明るく、皆、心の底から音楽を楽しんでいる感じだった。

ウィーンの居酒屋と名曲喫茶の違いと共通点とは?

ウィーンの居酒屋と日本の喫茶店の違いは、音楽が生活に溶け込んでいる世界と明治以降、「節」ではない西洋音楽を取り入れて間もない世界の違いであり、今では、かくも違うものであったかと思う次第だが、二つの中には共通点もあった。

それは、喫茶店店主の音楽に対する優しいまなざしと笑顔、そして、ホイリゲの老ヴァイオリニストが見せたなんとも幸せな笑顔である。

フィットビット(Fitbit)の睡眠記録を活用して質の高い眠りを。

Fitbit Charge3を購入して1ヶ月が過ぎました。
それで気になっていることがあります。

それは、睡眠ステージの「浅い睡眠」のパーセンテージがやたらと高いこと。
同年齢の女性の範囲を毎日突き抜けてる…。

一方、レム睡眠と深い睡眠の割合が低いのです。

睡眠はいつも6~8時間とってるけれど、朝スッキリしなかったり、疲れやすいのはこのせいなのでしょうか?

質のよい睡眠を実現するために役立つのがFitbit

アプリで睡眠を記録できて、睡眠リズムを確認するために役立ちます。

睡眠のベンチマークは睡眠の質チェックをできます。
中には同年齢の女性と比較して浅い睡眠の割合が高いと診断される人も(まさにわたしですね(-_-;))

例えば深い睡眠やレム睡眠のパーセンテージが低いとなれば、本来の睡眠効果を得られていないことになるのです。
睡眠とはカラダと脳を休ませるための行為ですから、質が低下してしまうと健康面で問題が生じてきます。

なのでベンチマークで、通常範囲からどの程度のズレが発生しているのか認識しましょう。

快適な睡眠とは目覚めた状態がスッキリしており、心身ともにバランスがよくなっています。
心身のバランスを整えることは健康の基本であり、生活の質向上にも欠かせないことです。

睡眠に代わる健康法は存在せず、寝不足を解消するためには十分な睡眠の量と質を確保する以外に方法はありません。

睡眠の質は目覚めた状態である程度判断できますが、あなた自身が考えている理想とカラダが求めている状態は異なることが多いです。

例えば、6時間の睡眠を確保すれば十分だと考えていても、カラダにとっては大幅に不足しているというケースは少なくありません。

やはりあなた自身の体質を知るためには、数値というデータが必要になってくるわけです。
数字は決して嘘をつきませんから、現在の状況を明確に把握することができますよ^^

Fitbitの睡眠のベンチマークで問題が発生した場合は、対策をしていきましょう。
悩みを解消するためには原因の特定が必須であり、原因がわからない状態では対処のしようがありません。

フィットビットは、通常と比べてあなたの睡眠に問題がないか瞬時に判断することができるスグレモノです。

古典派の時代とベートーベンの画期的な交響曲

クラシック音楽の最初は、宗教音楽とかであった。
シュッツ、ビバルディ、バッハ、ヘンデル等がそうだ。

この時代を過ぎると古典派と呼ばれる作曲家達の時代となる。
ハイドン、モーツァルト、ベートーベン、シューベルト等がそうである。

ちなみに、日本の邦楽におけるクラシック音楽というのは、応仁の乱の時に沢山の楽譜が焼き尽くされてしまったそうである。

クラシック中のクラシック「古典派」

話は西洋のクラシック音楽に戻る。
そもそも、クラシックとは古典という意味だ。
即ち、古典派というのは、クラシック中のクラシックな音楽なのである。

この時代、音楽家はいろいろな影響を受ける。

例えば、トルコのリズムにモーツァルトもベートーベンも「トルコ行進曲」を作った。

ピアノも大きな音が出る今のピアノに近いもになっていき、上流階級の習い事として使われていった。

音楽は教会や宮廷から離れて、どんどんと民衆のものになっていく。
そして、紛れもなく民衆の音楽を勝ち取ったのがベートーベンその人であった。

ベートーベンの画期的な交響曲たち

彼は交響曲第3番「英雄」で、今までに例を見ない画期的なことを行った。
出だしの2泊を大きく出し、そのあとに続くメロディをチェロに唄わせたのである。

それまでの時代は、メロディは高音部にあり、低音部は伴奏だけだった。
それを画期的に変えたのである。

低音部に唄わせたのは民衆に唄わせたということにも近いものを感じる。
とにかく、こんなにも画期的なことはなかった。
この時、彼は同時に民衆の音楽を得たのである。

そして、交響曲第6番「田園」では、風景を音楽で奏でるということに挑戦し、見事に描き切った。

そして、交響曲第九番では、人の声をオーケストラと一緒にすることを行っている。
これまた、画期的な話である。

実は、第九にはスケッチ的な存在の合唱協奏曲というのも存在するのが有名であるが、それよりも、第九の4楽章の有名なメロディは、モーツァルトのK.222の合唱曲に似たものがあることもまた有名だ。

このモーツァルトの曲をベートーベンが聴いたかどうかは定かではないが、古典派の受け継がれが記憶のような気がする。

そして、第九は、耳の聞えないベートーベンの指揮で演奏され、終了と同時に拍手喝采を受ける。

その聴衆の熱狂ぶりは知らせるため、コンサートマスターがベートーベンの体を聴衆に向かせて初めて彼はその成功を知る。

そして「ロマン派」へ繋がっていく

ベートーベンはその第九の初演から3年後に亡くなり、彼の死後、更に3年がたって、あのベルリオーズの幻想交響曲が初演される。

ベートーベンの交響曲第6番の影響から5楽章形式で書かれたこの交響曲は風景的なもののみならず、ストーリーを内包した画期的なもので、ここから、ロマン派の幕開きとなっていくのである。